日々8割で生きるトリセツ

高次脳機能障害を持つことになったおじいちゃんと、家族のわちゃわちゃな日々

ちょっとの“ごめんね”が怒りを鎮火?(`・ω・´)

こんばんは、昨日の強風でおばあちゃんが飛ばされそうになったまりもです(`・ω・´)

回覧板を持って行くために玄関ドアを開けた瞬間、突風が!!

あやうく、スプーンおばさんのように飛ばされそうでした。

 

今日はそのおばあちゃんの話。

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ごめんねって、言えないみたいなんですよね(´・ω・`)

ちょっと一言「ごめんね( -`ω-)」って言えたら、解決する話は多々あると思うのですが。

どうも、昔から家族には言えない。

ご近所さんや、外出先で出会う人には言えるのにね。

おばあちゃんの「ごめんね」がないばかりに、怒髪天になる事も。

 

おじいちゃんの介護中、おばあちゃんが“良かれと思って”何かを手伝おうとしてくれる事があります。

ただ、ちょっと的外れだったり、なぜか上から目線だったり。

きっとおばあちゃんにしてみたら「あら、何かヘンかしら?」くらいなのかな。

悪気がないところが、どれだけ言っても響かない理由で、むしろドヤ顔しちゃうくらいだから、「何でちゃんとやったのに、ダメ出し?」って思っているのかも。

 

こういう時、ついついおばあちゃんを諭すように話してしまいがちなのですが、それでは火に油を注ぐので、最近ちょっと対応を変えてみました。

(怒髪天時には考え付きませんが、ダウンタイムに考えました)

 

  1. 「もう!!」ってなって口喧嘩をしてフツフツしていても、時間を置いたらなるべく普通に。
  2. 関係ない話でおばあちゃんに積極的に話しかけて、なるべく話を聞く側になる。
  3. ちょっとテンションが上がってきたところで、気を付けて欲しいポイントを柔らかくお願いする。

 

これで、ちょっとだけおばあちゃんの意識が変わってくれる...こともある(笑)

なんせ『三つ子の魂百まで』というくらいです、そうそう簡単にはいきません。

でも、おじいちゃんの介護に付きっきりになると、おそらく同い年のおばあちゃんにも不満はあると思うのです。

 

言わないけれど「私だって、87歳のおばあちゃんなのよ」と。

 

ついつい見守り度の高いおじいちゃんを優先しがちですが、タイミングを見ておばあちゃんにサービスするのも、孫の役割なのかなぁと。

自分のモチベーションによっては、「マジか、出来ないな( `ー´)」という時もありますが。

「ごめんね」を言いやすい状況に持って行くのも、大事なのかな。

見方を変えれば、ズルイとは思いますけど(笑)

 

おじいちゃんの介護よりも、ちょいちょい合間で起こる“おばあちゃん事変”が案外手強いという我が家でした|д゚)

 

 

 

次回は『日々8割で生きるトリセツ(`・ω・´)』をお届け予定(´▽`)